桂ゆき(女流画家)の経歴や作品、本は?家族は?

出典元:mot-art-museum.jp

桂ゆきは大正生まれで、昭和、平成にかけて活躍し、女流画家の草分けとなった人です。
コラージュを基本にした前衛的な油彩画が特徴です。

多彩な素材を使ったユニークな作風には熱心なファンが多いです。
今回は、そんな桂ゆきについて調べて見ました。

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1. 桂ゆき(画家)のプロフィールや経歴は?

wiki風プロフィールは

名前 桂ゆき  (若い時は「桂ユキ子」)
本名 桂雪子
生年月日 1913年(大正2年)10月10日
没年 1991年(平成3年)2月5日
享年 77歳
出身地 東京市本郷区(現在の東京都)

桂ゆきの父、桂弁三は長州出身の東京帝国大学教授で冶金学の第一人者で、宮中に参内することもありました。

自宅には400坪の庭があり大きな椎の木や松、楓などの木がありました。

桂ゆきは9人兄弟の五女として生まれ、厳しくも不自由ない少女時代を送りました。

経歴

1926年(大正15年)に東京府立第五高等女学校(現・東京都立富士高校)に入学します。

そして、絵の勉強を日本画の先生について学びます。

東京府立第五高等女学校                     出典元:fuji.metro.tokyo.jp

本当は洋画を学びたかったけれど、女に洋画は必要ない、という父の考えにより日本画を学ぶことになりました。

1930年(昭和6年)に高等女学校を卒業してからは中村研一や岡田三郎助に師事して洋画を学びました。

1933年(昭和8年)第20回光風会展に「庭」「海岸風景」「冬」を出品して初入選しました。

桂ゆきは東郷青児、藤田嗣治らの指導も受けるようになり、こののち美術展に出品したり個展を開催したりします。

「抵抗」  東京都現代美術館           出典元:museumcollection.tokyo

1938年(昭和13年)には二科会に出展した絵を、藤田嗣治が見てパリ留学を両親に勧めたが肝心の本人(桂ゆき)が拒否したため、立ち消えになりました。

のちに桂ゆきはこの行動を、若気のあやまちであったとしています。

またこの年には、リラの花が真盛りだから遊びに来ないかといわれ、姉夫婦の住む中国の北京へ旅行します。

そのときの北京の印象を桂ゆきはこう語っています。

中国の京都といわれる北京は、世にも美しい古都だった。

紫禁城や天壇や、中央公園、その他の名所旧跡がしたたる緑と、むせかえるリラの花の香りの中で北京特有の風情をかもしだし、やなぎ腰の姑娘が、楚々たる姿で歩いていた。

余白を生きる 甦る女流天才画家桂ゆき ーより引用

紫禁城(故宮)   出典元:travel.co.jp

終戦後

1947年(昭和22年)2月には佐伯米子、三岸節子らとともに女流画家協会を結成しました。

1950年(昭和25年)二科会の会員に推挙され、1956年まで審査員を務めました。

1956年(昭和25年) 渡仏、パリをベースに欧州を旅します。1958年春パリから中央アフリカに行き二か月余滞在後、ニューヨークへ行きます。

旅先では絵を描きながら、空いた時間にいろいろ体験することになります。

ニューヨークではジャン・コクトー、サム・フランシス、草間彌生らと交流しました。

1960年(昭和30年) 全米女流展(ニューヨーク、リバーサイド美術館)に出品しました。

1961年(昭和31年)に帰国して、第6回日本国際美術展に《異邦人》を出品、優秀賞を受賞しました。

この後も、独特のユーモラスなコラージュの手法を駆使して、個展や美術展への出品、受賞を繰り返します。

「マスク」   栃木県立美術館                 出典元:art.pref.tochigi.lg.jp

1980年(昭和55年)に山口県立美術館で「桂ゆき展」を開催されました。

1991年(平成3年)2月5日に癌のため東京女子医大病院で逝去されました。

同年には下関市立美術館で回顧展が催されました。

2. 桂ゆきの作品や本は?

・『女ひとり原始部落に入る アフリカ・アメリカ体験記』桂ユキ子  光文社、1962年

1956年(昭和31年)単身渡仏後にアフリカやアメリカに滞在した時の体験を本にしたものです。

出版の翌年1963年に人文・社会部門で第17回毎日出版文化賞を受賞しました。

・『狐の大旅行』(正・続)桂ゆき  創樹社、1974年

上記『女ひとり原始部落に入る アフリカ・アメリカ体験記』に、その後のヨーロッパ滞在の時の体験などや、それまでに出したエッセイを加えて本にしたものです。

狐の大旅行 (1974年)

狐の大旅行〈続〉 (1974年)

・『余白を生きる 甦る女流天才画家桂ゆき』桂ゆき   清流出版、2005年

桂ゆきの死後、上記『狐の大旅行』(正・続)をまとめて1冊の本にしたものです。

・童話の装幀や挿絵   光文社、1951年

『ノンちゃん雲に乗る』(石井桃子著)、『五十一番めのザボン』(興田准一著)などの

本の装幀や挿絵製作など、児童文学関係の仕事も行いました。

3. 桂ゆきの家族は?

桂ゆきの父親は先ほど紹介した桂弁三、母親は一般人で名前はわかりませんでした。

弟  桂英澄(ひでずみ)は小説家です。

また、桂ゆきは結婚はしてないようで、子どももいないようです。

4. おわりに

いかがだったでしょうか。

桂ゆきは、新しい絵の世界で第一人者として活躍したすばらしいひとですね。

今も、その作品は各地で特集の美術展が開催されています。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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