新渡戸稲造、5000円札の人、どこで生まれて何した人?、妻はアメリカ人

新渡戸稲造(にとべ いなぞう)は、かつての五千円札の肖像として知られている人物です。
やさしい表情の肖像を覚えている方も多いのではないでしょうか。

そんな新渡戸稲造について調べてみました。

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1.新渡戸稲造、5000円札の人

出典元:shogeikan.co.jp

新渡戸稲造は単なる「お札の人」ではありません。

新渡戸稲造が5000円札の肖像に選ばれたのは、日本と世界をつなぐ働きをした人物だからです。
彼は英語で『武士道』を書き、日本人の道徳や精神を海外に伝えました。
その本は欧米で広く読まれ、日本への理解を深めるきっかけになりました。

また、第一次世界大戦後に設立された国際連盟で事務局次長を務め、世界平和のために力を尽くしました。
教育者としても多くの若者を育て、日本の発展に貢献しました。
こうした国際的な功績と人柄が評価され、5000円札の顔に選ばれたのです。

2.新渡戸稲造、どこで生まれて何した人?

新渡戸稲造は、1862年に現在の岩手県盛岡市で生まれました。
盛岡藩の武士の家に育ち、幼いころから勉強熱心な少年でした。
若いころに東京で英語を学び、その後、札幌農学校(今の北海道大学)に進学します。
そこでキリスト教と出会い、生き方に大きな影響を受けました。

さらに学問を深めるためにアメリカへ留学します。
海外での生活を通して、日本人としての誇りや役割を強く意識するようになりました。
そして、日本の道徳や精神を世界に伝えようと考え、英語で『武士道』という本を書きました。
この本は海外で広く読まれ、日本人の考え方を紹介する大切な一冊となりました。

帰国後は大学教授や第一高等学校の校長、東京女子大学の学長などを務め教育に力を尽くします。
また、第一次世界大戦後にできた国際連盟の事務局次長を務め、世界のために働きました。

彼はは、日本と外国をつなぐ「橋」になりたいと願い、その思いを行動で示した人物です。
岩手に生まれ、世界で活躍したその生涯は、今も多くの人に尊敬されています。

3.新渡戸稲造、妻はアメリカ人

新渡戸稲造の人生で注目されるのが、アメリカ人女性メリー・エルキントンとの結婚です。
当時、日本人が外国人と結婚することはとてもめずらしく、強い反対もありました。
それでも二人はおたがいを信じて結ばれました。

新渡戸は「太平洋の橋になりたい」という言葉を残しています。
これは、日本とアメリカのあいだをつなぐ存在になりたい、という願いです。
国際結婚も、その思いを行動で示した一つだったのです。

4.おわりに

新渡戸稲造は、岩手に生まれ、日本と世界をつなごうと努力した人です。
教育者として若者を育て、著書を通して日本の心を世界に伝えました。
そして国際社会でも活躍しました。

今、世界では国と国との理解がますます大切になっています。
新渡戸稲造の「橋になりたい」という願いは、現代にも通じる大切な考え方です。
5000円札の顔の向こうにある、その大きな志を、これからも忘れずにいたいものです。

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